土曜日の午後。テレビの悲劇から少し気分転換しようと、パーカーにチノパンという無難極まりない休日の装いで、都内某駅の地下街を歩いていた。
人混みを避けて改札付近へ向かおうとしたその瞬間。
「……あれ? 鈴木さん……?」
背後から澄んだ柔らかな声で呼び止められ、振り返った。
そこに立っていたのは——
落ち着いたベージュの秋色ロングトレンチコートを羽織り、髪をふわりと下ろして、小さめの革製ショルダーバッグを持った女性だった。
「……えっ!? 、藤井さん……!?」
声が裏返った。
なんという透明感。いつもどれを買うか悩んでいるとアドバイスをくれるあの藤井さんが、休日の街に溶け込む洗練された大人の女性として目の前に立っている。
「あ、やっぱり鈴木さん! よかった、人違いじゃなくて。今日はお休みですか?」
マスク越しではない、藤井さんの満面の笑顔が直撃した。
「あ、はい! ちょっと散歩というか……藤井さんもお買い物ですか?」
「はい、駅ビルでお友達の誕生日プレゼントを見てて。あ、鈴木さん、先日のプレミアム目薬、効いてますか? 目の充血、少し引いてるみたいで安心しました」
俺の目をまっすぐ見つめながら、優しく微笑む藤井さん。
心臓がドラム缶のように激しく鳴り響いた。
42歳、独身、ワンルーム。
「じゃあ鈴木さん、季節の変わり目なので体調に気をつけてくださいね!」と手を振って去っていく後ろ姿を、俺は石像のように見送った。
田中さんの秘密の推し活発覚、そして藤井さんとの休日の奇跡の遭遇……。
「……待てよ。俺、人生の『モテ期』ってやつが、42歳にして遅れてやってきてるんじゃないか……!?」
改札前で、盛大な勘違いの階段を一気に駆け上がるおじさん。あと40日。
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